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横浜家庭裁判所 昭和47年(家)2967号 審判

申立人 矢光博子(仮名)

被相続人 亡矢光とめ(仮名)

相続財産管理人 畑なみ(仮名)

主文

被相続人亡矢光とめの相続財産である別紙財産目録記載の宅地三筆に対する各一二分の四の共有持分権のうち、その二分の一にあたる上記各宅地に対する各一二分の二の共有持分権を申立人に分与する。

理由

文件記録添付の各資料及び調査、審問の結果並びに当庁昭和四二年(家)第五九三号相続財産管理人選任申立事件、昭和四六年(家)第二九一七号相続人捜索の公告申立事件、昭和四七年(家イ)第一四三六号婚姻関係調整調停申立事件の各記録によれば次のような事情を認めることができる。

(1)  被相続人矢光とめは昭和三七年一月一四日横浜市○○区○○町○丁目○○番地において死亡したが、配偶者及び直系尊属はいずれも既に亡く、直系卑属も兄弟姉妹もなかつた。そこで昭和四二年五月三日相続財産管理人として畑なみが選任され、昭和四六年九月六日相続債権者及び受遺者への請求申出の催告の公告(同年一一月六日満了)、同年一二月一七日相続人捜索の公告(昭和四七年七月三一日満了)がそれぞれなされたが、いずれもその申出がなく、相続人不存在が確定するに至つた。

(2)  被相続人とめの遺産としては、別紙財産目録記載の各土地に対するそれぞれ一二分の四の共有持分権がある。

(3)  被相続人とめは昭和一六年八月二二日矢光貞正の後妻として同人と結婚したが、当時貞正には亡先妻との間に生まれた長男宗一(現在申立人の夫)、次男徳造、長女みよ、三男憲光の四子があつた。貞正は昭和二三年五月六日死亡したが、その頃までに上記四名の先妻の子のうち三男憲光を除く三名は既に独立の生計を営んでいた。貞正の遺産としては別紙財産目録記載の土地計三筆があつたが、遺産分割協議未了のまま、同人の配偶者たる被相続人とめが一二分の四の、前記四名の先妻の子がそれぞれ一二分の二の、各持分で共有登記されている。

(4)  その後昭和二九年頃、老齢に達して身寄りもなかつた被相続人は、当時既に独立して医院を開業していた前記宗一とその妻である申立人との家庭に身を寄せ、以後昭和三八年一月一四日に被相続人が申立人方において死亡するまで被相続人は申立人ら一家と生活を共にしていた。

この間被相続人とめは昭和三六年四月頃に胃癌のため○○大学附属病院に入院し、同年七月頃開腹手術を受け、同年九月頃退院して後死亡するまで申立人方において病床に臥せつていたのであるが、申立人は自宅での共同生活中は勿論、被相続人の入院、退院後の療養からその死に至るまでの間を通じて、食事その他身の廻りの世話を自らの手で、あるいは雇人をとりしきつて、それぞれなし、その孤独を慰めるなど被相続人の療養看護に尽した

(5)  以上のような被相続人と申立人ら一家との共同生活の物質的基盤は申立人の夫である宗一の開業医としての収入にあり、被相続人の葬儀も宗一が喪主となり申立人と協力して執り行つたのであるが、宗一は被相続人の特別縁故者としての分与申立をしていない。その理由ないし経緯は次のとおりである。即ち、申立人の本件申立が当庁に受理されたのは、民法第九五八条の三第二項所定の期間末日から約一〇日前の昭和四七年一〇月二〇日であり、この申立をなすにあたり申立人は夫である宗一とは何も相談していなかつた。その理由は、その少し前頃に、宗一とその弟妹らが前記貞正の遺産分割につき協議していた席上で、申立人が宗一の意思を無視して(申立人としては宗一自身のため、及び申立人を含めた家族のためを思つての善意からのつもりで)申立人自身の意見を強く主張したことに端を発して申立人と宗一との夫婦仲が険悪となり、ついに申立人が当庁に婚姻関係調整の調停を申立てるに至り、当庁昭和四七年(家イ)第一四三六号事件として係属中であつたことにある。そしてそれまでかような特別縁故者への遺産分与の制度の存在も知らなかつた宗一が本件申立を知つた時は既に前記申立期間を経過していた。本件申立に対する宗一の現在の心境としては、申立人が被相続人の療養看護に努めた実績を評価するのにやぶさかではないが、それとは別個にその物質的基盤を支えた宗一自身の力をも評価されて然るべきであるとの気持を抱いているようである(もつとも申立人の方は、本件申立が申立人ひとりの利益を図る意思から出たものではなく、当時は宗一と相談できるような情況ではなかつたのでやむなく独断で申立てたが、あくまでも夫である宗一はじめ家族のためを思つてなしたものであることを強調している)。

ちなみに、申立人と宗一との夫婦仲は、現在でも多少のわだかまりがあるようで、なお前記調停事件が係属中であるが、しかし離婚に至る程の険悪な様相を呈している訳でもなく、事態は漸次好転しつつあると認められる。

ところで本件のように共有者の一人が死亡してその相続人の不存在が法律上確定した場合に、その相続財産が民法第二五五条の適用によつて直ちに他の共有者に帰属することになるか、あるいはその間に同法第九五八条の三第一項の規定による特別縁故者への遺産分与の対象とすることができるかについては争いの存するところであるが、当裁判所は、次のような理由で、かような共有持分たる遺産についても、直ちに民法第二五五条の適用があるのではなく、それに先立つて同法第九五八条の三第一項を適用する余地があると考える。即ち、民法第二五五条は、その実質において、相続人不存在の確定した相続財産が最終的には例外なく国庫に帰属することになるとすれば、遺産が共有持分権である場合には国庫と他の共有者との共有という煩雑な法律関係を生じるので、それを避けるために設けられた規定であると解され、元来が相続人不存在確定の時期と国庫帰属の時期との間には、せいぜい相続財産の清算手続が継続している程度で、その外に何らの特別の手続の介在も予想していなかつたものと考えられる。従つて昭和三七年に新設された民法第九五八条の三によつて相続人不存在の確定時期と国庫帰属の時期との間に、特別縁故者への分与手続が予定され、その分与請求の期間を相続人捜索の公告の期間満了後三ヵ月以内と定め、仮りに分与請求のないときでもこの三ヵ月の期間が経過してはじめて国庫に帰属するという構造(昭和三七年改正後の同法第九五九条)に改められた以上、相続人不存在の相続財産としての共有持分権の帰趨についても新たな解釈上の配慮が加えられて然るべきである。そして民法第九五八条の三の立法趣旨が、合理的な範囲で推測し得る被相続人の意思を尊重して遺贈ないし死因贈与の制度を補充するところにあると解するとき、相続財産が共有持分権であつても、被相続人の特別縁故者(それが数名の共有者のうちの一人であつてもよいと考える)の分与の申立が相当と認められるときは、その申立人に対し相続財産たる持分権の全部又は一部を取得させることが、被相続人の合理的に推測し得る意思により合致することも充分考えられるのであつて、この点において共有持分権を殊更他の財産権と区別して取扱わねばならぬという実質的利益も必然性もないと考える。そうだとすると、むしろ民法第九五八条の三の適用の余地如何を先ず考慮し、その申立の相当性が判断されて、特別縁故者への分与の有無及びその範囲が定められた後に民法第二五五条の機能を開始させても遅くはない筈であり、かく解することがこの両制度の調和的解釈としてより合理的であろうと考えるのである。

そこで本件につき検討するに、申立人が民法第九五八条の三第一項にいう、「被相続人と生計を同じくしていた者」及び「その療養看護に努めた者」に該当すること並びに被相続人の遺産たる共有持分権が特別縁故者への分与の対象となることは前記(4)の認定事情及び上述した当裁判所の法的判断から明らかであるが、更に進んで本件において問題なのは、申立人に分与すべき遺産の範囲如何、即ちその全てを分与すべきかどうかである。申立人が被相続人に尽した療養看護の実績は、それが単なる金銭的援助とは異質であるが故に、場合によれば何よりも高い評価を受けるべき面があること勿論であるが、一方においてその物質的基盤を提供していた宗一の存在を不当に無視することはできない。被相続人の一親等姻族たる宗一もまた前記のように被相続人と生計を共にしていた者として、遺産分与の申立資格を有していた筈であるが、その申立をせず、同人の妻である申立人のみが単独でこれをなすに至つた経緯は前述したとおりである。そして申立人の本件申立がなければ、遺産全部が、あるいは同人に対する分与が遺産の一部にとどまるときはその残部が、それぞれ当然に共有者たる宗一自身とその弟妹らの共有に帰するのであるから、宗一自身がその共有者たる地位に満足し、あるいは現段階においてもこれを留保しているとしても決して不自然ではなく、これらの事情は申立人に対して分与すべき遺産の範囲を定めるうえで考慮に入れて然るべきであると考える。即ち申立人の真意が奈辺にあろうと、いまひとりの特別縁故者として申立をなし得る立場にあつた申立人の夫宗一において、申立人の本件申立自体を宗一自らの要求と同一視して積極的に同調しているとは言い難く、むしろ被相続人の遺産に対し、共有者としての自己の立場を留保しているとさえ見られる本件においては、被相続人の遺産の全てを一旦申立人に取得させて後に更にその一部を同人からその夫たる宗一に対し事実上分与することを期待するというような便法をとることは相当でなく、この際はあくまでも申立人単独の立場において、その固有の特別縁故関係に相応した範囲において申立人への分与を認め、遺産のその余については相続人なき共有持分権の最終的帰属を決する民法第二五五条の規定による処理に委ねるのが至当であろう。

上記見地に立つて前記認定した諸事情のもとに彼此勘案すれば、申立人に対し分与すべき遺産の範囲としては、結局被相続人の遺産の二分の一、即ち被相続人が別紙目録記載の各土地に対して有していた各一二分の四の持分権のうち、それらの二分の一にあたる各一二分の二の持分権と定めるのが相当と思料する。

よつて相続財産管理人畑なみの意見を聴いたうえで、主文のとおり審判する。

(家事審判官 藤戸憲二)

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